AI時代の越境EC、”売る前の準備”とは

AI時代の越境EC、"売る前の準備"とは

AI時代の越境EC、"売る前の準備"とは

OPTIの淵上です。

AIが商品を比較・推薦する時代が現実のものになりつつあります。越境ECにおいても、「AIに選ばれる事業者」と「選ばれない事業者」の差が、今後ますます可視化されていく可能性があります。

そのとき問われるのは、商品の品質や配送の速さだけではないかもしれません。制度面の準備——VAT登録、製品安全規制への対応、包装材のコンプライアンス——こうした「見えにくい準備」が、AIによる評価軸に組み込まれていく可能性があると見ています。

本稿では、「売ること」の前に整えるべき準備について、私どもが現場で見てきた事例を交えて考察してみます。


越境ECの準備って、何を想像しますか

「越境ECを始めたい」とご相談にいらっしゃる事業者の方々に、まず何から着手されたかを伺うと、概ね以下のような答えが返ってきます。

「Shopifyでストアを作りました」
「商品ページを英語にしました」
「Amazonに出品しました」

それ自体は適切な第一歩といえます。しかし、私どもが「販売先の国でVAT登録はお済みですか?」と確認すると、ほぼ全ての方が「それは何でしょうか」という反応をされます。

16年にわたってこの業務に携わってきましたが、この傾向は変わっていません。


売れたあとに困る、というパターン

越境ECにおいて少なくないトラブルは、実は「売れない」ことではなく、「売れたにもかかわらず困る」という事態です。

たとえば、こういったケースが見られます。

・EU向けにShopifyで順調に売上が伸びた。半年後、現地の税務当局から「VAT未登録」として連絡が入り、遡及して税金と罰金を請求された。

・ドイツのAmazonで販売していたが、包装材のEPR登録をしていなかったため、商品が販売停止となった。

・GPSRという規則が2024年末に適用開始されたが、EU域内に責任者を設置していなかった。

商品の品質は優れており、梱包も丁寧、配送も追跡付き——いわゆる「顧客体験」の観点では十分な水準を実現していた。それにもかかわらず、制度面の準備が不足していたことで、利益が大幅に毀損されてしまうケースです。

こうした事態は、非常に惜しいケースといえます。


中国企業のスピード感を見ていると

私どもOPTIは、日本企業だけでなく中国企業のクライアントも多く抱えています。両方を見ていて、率直に申し上げると、意思決定と行動のスピードに顕著な差があります。

中国の事業者は、「EU市場に出る」と決定した後、VAT登録も、責任者の手配も、現地法人の設立も、非常に迅速に進めます。必要な情報を収集し、判断し、行動に移す。この一連のプロセスが際立って迅速です。

EUの規制強化によって対応が不十分な事業者は淘汰されつつありますが、対応力の高い中国企業は速やかにEU法人を設立し、現地倉庫を活用し、認証を整えて適応しています。1件の意思決定に1ヶ月を要する日本企業とは、ここに決定的な差があると見ています。

ロシア最大級ECモール「Ozon」が中国セラーを大規模に誘致しているという報道もあります。EUで事業展開が困難になった中国セラーの受け皿になろうとしている構図です。

参考:Simon Huang, President of Ozon Greater China: Chinese Sellers are Flocking to Russia | Exclusive Interview

すなわち、中国企業は「ある市場での収益性が低下すれば、次の市場へ」という形で柔軟に戦略を転換しています。この判断と行動の速さは、参考にすべき点があると考えられます。


日本企業の動きの遅さは、AI時代に致命的になりかねない

一方、日本企業はどうでしょうか。

大手企業でも、VAT登録の話を始めてから実際に動き出すまで、3ヶ月、半年を要することは珍しくありません。社内で稟議を回し、法務に確認し、経理に確認し、上申して、また差し戻されて……。

その間に、中国の競合はすでに登録を済ませ、販売を開始しています。

AI時代になると、この差はさらに拡大する可能性があります。AIは構造化された情報を参照して事業者を評価します。VAT番号が登録されている事業者とされていない事業者、GPSRの責任者が明記されている事業者とされていない事業者。AIは「社内の承認プロセスが完了するまで待つ」という判断はしません。

準備が整っている事業者から優先的に選ばれていく。それがAI時代の現実になっていく可能性があります。


個人事業主の「なるべく避けたい」問題

もうひとつ、現場で見受けられる傾向があります。

個人で越境ECを展開されている方の中には、こうした制度対応を「なるべく回避したい」とお考えの方が相当数いらっしゃいます。

その背景は理解できます。一人で商品を仕入れ、出品し、発送し、カスタマー対応も担っている状況で、「VATの登録もしてください」「EPRも必要です」と求められれば、負担は大きいといえます。組織的なバックアップのない環境で、コンプライアンス対応に時間とコストを割く余裕がないのは現実的な課題です。

その結果、「DAP(関税着払い)でよい」という選択をされる方が少なくありません。買い手が関税を負担する仕組みにしておけば、売り手側のVAT登録義務が軽減される可能性があるからです。ただし、事業者の所在地や取引形態によって判断が異なるため、個別の確認が必要です。

ただし、この選択には落とし穴があります。

DAPにすると、買い手に予期せぬ関税や手数料が発生します。「商品代金3,000円なのに、受け取り時に1,500円の追加費用を請求された」といった事態が生じます。当然、クレームや返品が増加し、リピート購入にもつながりにくくなります。

すなわち、制度対応を回避することで短期的にはコストを抑えられるものの、長期的には売上もリピートも減少していく可能性があります。コスト削減を意図しながら、結果的にDAP選択が事業の成長を制約してしまうケースです。

AI時代になると、この問題はさらに顕在化する可能性があります。AIが「この事業者はDAPにより追加コストが発生する確率が高い」と判断すれば、推薦リストから除外される可能性も考えられます。


とはいえ、全部調べてから始めるのは無理

ここまで書くと、「では全ての規制を把握してから始めなければ」と思われるかもしれません。

現実的には、それは困難です。国ごとにルールが異なり、毎年のように変わります。EUだけでも、デ・ミニミスの廃止、GPSRの適用開始、EPRの対象拡大と、ここ1〜2年で立て続けに制度が変化しています。

重要なのは、全てを把握していることではなく、「何を把握していないか」を認識していることではないかと考えています。

最低限、以下の点は確認しておくことをお勧めします。

・販売先の国でVAT登録は必要か
・関税や輸入税のルールはどうなっているか
・製品安全規制(GPSRなど)への対応は必要か
・包装材のEPR登録は必要か
・現地の返品・返金ルールを把握しているか

全て自分で調べる必要はありません。「こういった論点が存在する」と認識しているだけで、専門家に相談すべきタイミングが明確になります。


越境ECは、始める前で8割決まる

長年この業務に携わってきた立場から、つくづくそう感じるところです。

中国企業のスピード感、日本大手企業の慎重すぎる意思決定プロセス、個人事業主のリソース不足。立場は異なれど、共通しているのは「準備の質が、その後の結果を大きく左右する」ということです。

ある越境EC物流の専門家の言葉に、「配送はコストではなく、信頼設計」というものがあります(参考:AI時代にAIに選ばれる越境EC配送とは)。

同様に、制度対応もコストではなく、事業を持続的に運営するための設計と捉えるべきではないでしょうか。

AI時代だからこそ、表に見えにくい準備が、可視化された形で評価される時代になっていくと考えられます。

越境ECをこれから始める方も、すでに始めている方も、一度「売る前の準備」を振り返ってみてはいかがでしょうか。

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複数の調査機関